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Ikedaの徒然雑記。

続・朝日・中日新聞 社説担当記者の方へ

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続・朝日・ 社説担当記者の方へさて、続いて中日新聞。

「死刑か無期懲役か」ばかりに関心が集まり、基本的問題が十分論議されなかったのは残念だ

基本的問題とは?「殺したかどうか」ではないんですか???他に何があるんですか???

遺族の憤りは理解できる。だが、メディアがそれを生の形で報じると社会の報復感情をあおり立てることになりやすい。

メディア、報道の原則は生の形で報じるものではないんですか?
これはつまり、意図的に偏らせた、もしくは捏造して報道をしろ、と主張してるわけですね?

被害感情を量刑に直接反映させると裁判が復讐(ふくしゅう)の場になりかねない。

それは裁判官や日本の司法システム自体をバカにした発言ですね。

「世の中が死刑つってるから死刑♪」


って、そんな裁判長ばかりだと????

そもそも日本には個人への復讐権が認められていないわけです。昔はありましたが。
禅さん@404 Blog Not Found のエントリ、「News – 元少年に死刑判決 – 死刑の是非の前に問いたい是非」より抜粋させて頂きます。

こういう言い方も変ではあるが、宇宙の法則は殺人を禁じていない。さもなければ福田孝行君が今日の判決を被告席で聞くという状況もありえなかった。宇宙は、我々に殺しのライセンスを与えているのだ。

人は人を殺せます。これは事実。そしてそれを防ぐには。

一つの方法は、個別に防衛し、個別に復讐するというものである。かつて取られていた方法がこれだった。

江戸時代の仇討ちですね。

その代わりに我々が選んだのは、宇宙がくれた殺しのライセンスを、国に預かってもらうことだった。自らは殺しを放棄する代わりに、国は人々に代わって殺しを防ぎ、殺した者を処罰する。そして、人々はその費用を税金の形で負担する。

これが今の警察であり司法なんです。

ここから考えるに、ikeda 個人として、ゴーマンかまさせて頂きます。

裁判は復讐の場である

裁判によって加害者を罰しなければどうなるか。被害者の手による本当の復讐が行われかねないんです!

成育環境が被告の心に与えた悪影響の論議は、最高裁以降かき消されてしまった

真の論議、最も重要な論議は
罪を犯したのか否か
ここにつきるでしょう。

加害者は本当に殺意を持って犯行に及んだのかどうなのか。

そこじゃないんですか???

心に与えた悪影響なんて、犯行の動機に過ぎないでしょう。
確かに情状酌量の余地がある殺人もあるでしょう。しかし、だからといって何してもいいわけじゃないでしょう?

成育環境に問題があった、だから母親を殺してレイプし乳児を床に叩きつけて首を紐で締めて殺しても情状酌量の余地がある、そういいたいわけですか?

日本では真剣な議論が行われないままこの流れに抗し、死刑判決が近年、増加している。

これも日本の裁判所をバカにした発言ですね。
今回の事件、それ以外の事件において、真剣に議論しなかった例があるんですか?
裁判長が適当に「じゃ、死刑でいいや」って判決を出した例が過去一度でもあるんですか??

死刑判決が増加しているのは、それだけ凶悪犯罪が増加しているからでしょう!?

どんな凶悪事件の被告にも適正に裁かれる権利がある。それを守る弁護活動が被害者感情、市民感覚と合致しなくても、封じることは許されない。

今回も適正に裁かれた上での死刑判決でしょう。これも裁判所、司法システムをバカにした記述です。
裁判とは加害者を守るためにあるわけじゃない

色々ネットに流れた社説を見ましたが、

中日新聞が最低ですね。

この記事が無記名であること、「」であること、を見れば、これが中日新聞としてのスタンス・意見なのだ、と捉えます。

もし僕が静岡に住むことになっても、絶対に中日新聞はとりません
朝日は既に拒否してますが。

最後に、両社社説を書いた記者の方、両社社員の方へ。




自分の愛する妻と幼い娘が同じように残酷な殺され方をしても、
同じことが言えますか?

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