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Ikedaの徒然雑記。

教育評論家ってのはやっぱ教育のことしかわからないんだ?

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教育評論家ってのはやっぱ教育のことしかわからないんだ?まぁその分野の専門家、って意味でナントカ評論家、って言われますからね。
逆に専門家でもない人に評論されてたまるか、ってのもありますが。

「服装で不合格」神奈川・神田高の判断、支持の声相次ぐ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

読売新聞横浜支局に寄せられた約300通の9割近くが学校擁護の意見で、県教委に来たメールなどでも約1400通の約9割は学校側の判断を支持する内容だという。 



そりゃそうでしょうね。常識的に見ると、高校入試という1つの点だけではなく、その後の就職採用試験や社会人として生きていく中で同様に服装で判断される、ということはごくごく普通にあることで、それこそ「常識」の範疇ですから。

唯一この校長が犯してしまったミスは、「公立高校として公表している判断基準以外にも基準を設けてしまった」ということでしょうか。

これについて校長は

「服装なども選考基準だと分かれば、面接にはきちんとしてくる。普段の様子を知るには公表せずにチェックするしかなかった」 


ごもっとも。

その日だけきちんとした格好してても、それは決して普段の姿ではないはず。何枚猫を被っても、そのうち剥がれてきますもんね。

つか、入試から卒業まで3年間被り通せるような生徒だったら問題起こらないでしょ、猫被ったまんまなんだから。


個人的に最も(°Д°)ハァ?だったのは

教育評論家の尾木直樹さん(61)は「人生を決める入試だからこそ、だまし討ちのようなことは許されない」という。


あの~。
確かに高校入試は人生においてひとつの分岐点ですよ。
俺も実際あの高校のあの学科に入学できていなかったら、今頃田舎から遠く離れた神奈川県でこうやってブログなんて書いてないですよ、多分。


で・も・ね


人生の分岐点なんて高校以降山ほどあるんですよ。
しかも、判断基準が全て相手に委ねられている、なんてフツーにあるんですよ。


会社の採用試験のとき、面接や試験のときだけいくら猫被って取り繕っても、受験申し込みの電話の態度が悪いだけで落とされたりするわけですよ。それで会社に「見た目で判断するな、人生の分岐点なんだからだまし討ちは許されない」って文句言いますか?


前校長の思いはたった二つ。

  • 「まじめな生徒を守りたかった。安心・安全な学校生活を送らせてやりたかった」
  • 「問題のある生徒が多く、きめ細かく指導しようとすると仕事は限りなくある。先生方は限界だった。ルールを逸脱した形になったが、苦渋の決断だった」

相手はルールを平気で逸脱する。なのにこちらはルールの範疇に居なきゃならない。
プロレスじゃないんだから、ヒールに苦戦するベビーフェイス役を教師に押し付けてどうすんの、と思っちゃいますよ。

それでもヒールに勝てないと叩かれるベビーフェイスを、ね。


結局教育評論家なんて、ある人間が「学生」である間のことしかわかってないんじゃないですか?
その人間が学校を卒業して実社会に出たあとどうなるか、なんて心配してないでしょ。

前校長は紛れもなく、それを心配していた一人だったんじゃないですかね。

俺、論理おかしいですかね?

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